2007年 01月 29日
大学授業の出欠 |
いよいよ試験の季節が始まった。今日は試験がひとつ。ふだんの授業の倍ぐらいの学生が現れるが、これはまあ大学ではごく普通のことである。もちろん、厳しく出欠をとればさぼる学生は少なくなるだろうが、そういうのは少なくともわたしがイメージする大学の授業ではない。
かつて東京の世田谷桜上水にあるN大学文理学部で非常勤を数年間やっていたことがある。ここはマンモス大学で、とにかくすべての講義室が200人以上収容できる広さがあった。そして受講する学生もそれに比例して多かった。もちろんそれだけの学生に授業を用意しなくてはならないので、非常勤講師の数も半端ではなかった。講師控室も隅に立つと向こうの隅が霞むほど広かった(タバコを吸う人がかなりいた時代だった)。
控室には講師のためにいろいろな備品や道具が用意されていたが、そのなかに受講票があった。これは出席した学生たちに配って学籍番号や名前を書かせる小さな紙である。学生たちに受講票を書かせて出欠を管理してほしいという要請があったのだ。そしてこの受講票が八色ぐらい異なる種類のものがあった。これは要するに学生たちが偽物を出せないようにしていたのである。授業の際にまわってきた受講票を余分にとっておいて、欠席する友人の代わりに提出するということがないようにという狙いである。
しかし、控室で知り合いになった老先生の言うには、八色あっても結局は全色揃えることが可能で、そうなるとこちらで管理できなくなる。そこで老先生が控室のテーブルでやっていたのは、受講票を重ねて、横にマジックインキで縦線を入れることだった。「こうしておけば、同じ色でも偽の受講票を見つけることが可能です」とにこやかにおっしゃる。
う~ん、と思ってしまった。この先生は授業のあと、受講票を重ねてインチキを暴くのが楽しみになっているのではないか。そのエネルギーを講義に振り向けたほうがプラスではないか、とはなかなか言いかねた。
出席さえしていれば単位がもらえるというのもどうかと思うし、かといって昔のようにまったく何の管理もしないのも現在の大学では許されない。そのあたりを考えながら、いまでも試行錯誤しているわたしなのである。
かつて東京の世田谷桜上水にあるN大学文理学部で非常勤を数年間やっていたことがある。ここはマンモス大学で、とにかくすべての講義室が200人以上収容できる広さがあった。そして受講する学生もそれに比例して多かった。もちろんそれだけの学生に授業を用意しなくてはならないので、非常勤講師の数も半端ではなかった。講師控室も隅に立つと向こうの隅が霞むほど広かった(タバコを吸う人がかなりいた時代だった)。
控室には講師のためにいろいろな備品や道具が用意されていたが、そのなかに受講票があった。これは出席した学生たちに配って学籍番号や名前を書かせる小さな紙である。学生たちに受講票を書かせて出欠を管理してほしいという要請があったのだ。そしてこの受講票が八色ぐらい異なる種類のものがあった。これは要するに学生たちが偽物を出せないようにしていたのである。授業の際にまわってきた受講票を余分にとっておいて、欠席する友人の代わりに提出するということがないようにという狙いである。
しかし、控室で知り合いになった老先生の言うには、八色あっても結局は全色揃えることが可能で、そうなるとこちらで管理できなくなる。そこで老先生が控室のテーブルでやっていたのは、受講票を重ねて、横にマジックインキで縦線を入れることだった。「こうしておけば、同じ色でも偽の受講票を見つけることが可能です」とにこやかにおっしゃる。
う~ん、と思ってしまった。この先生は授業のあと、受講票を重ねてインチキを暴くのが楽しみになっているのではないか。そのエネルギーを講義に振り向けたほうがプラスではないか、とはなかなか言いかねた。
出席さえしていれば単位がもらえるというのもどうかと思うし、かといって昔のようにまったく何の管理もしないのも現在の大学では許されない。そのあたりを考えながら、いまでも試行錯誤しているわたしなのである。
by himitosh
| 2007-01-29 19:13
| 大学